ピレネックスは1859年、南西フランスのピレネー山脈の麓、サン・セベで創業しました。古くからカモ肉やフォアグラを食べる文化のあるフランスのなかでも南西部はその主な産地であり、副産物である羽毛を製品化したのです。
以来、私たちは食文化の傍らで羽毛を使った商品を作り、世界中の人々が寒い日々を乗り越える手助けをしています。
ある日、作家の麻生要一郎さんのInstagramにアップされた1枚の写真に私たちの目がとまりました。2023年、当時大寒波の押し寄せていた韓国へ旅行で訪れた麻生さんが、ピレネックスのダウンジャケットを着用されていたのです。
日々の食卓を中心にして活動の世界を広げる麻生さんと、食文化の副産物からスタートしたピレネックス。 その接点を手がかりに、『旅の記憶と僕たちの食卓。』と題した短期連載をスタートします。第1回は麻生さんが盛岡を旅した記憶と、日々の食卓のつながりについてです。
撮影:前康輔 編集・テキスト:岩谷 大
書ける気がする街、盛岡への旅
取材前に私たちは、「旅先で出会い、好きになった商品を用意して欲しい」と伝えました。毎月のように食にまつわる企画の取材を受けているであろう麻生さんがどんなモノを用意してくれるのか…。ワクワクしながらご自宅へ伺うと、テーブルの上には3つの商品が。ひときわ目を引いたのが、缶詰かくあるべし、という姿ですっくと立っていた『いちご煮』でした。
いちご煮は岩手県北部から青森県の家庭で愛されている缶詰で、麻生さんが東北を旅しながら見つけた特産品。自宅へ持ち帰るとパートナーの英治さんが「僕の家庭の味」と教えてくれたことから、麻生家の台所に常備されることになりました。これはほんの一例ですが、麻生さんの旅と自宅の食卓は常に地続きでつながっているのです。今回麻生さんが語ってくれたのは、岩手、盛岡への旅の記憶です。
麻生さんが初めて盛岡を訪れたのは、子どもの頃の家族旅行。大人になってからは20代後半で花巻の温泉へ出かけ、その後、英治さんと暮らすようになってからは、彼の郷里である三沢とあわせて盛岡にも足を延ばすようになりました。もう10年あまり前のことです。

「盛岡はなぜか、松本と記憶がごっちゃになるんです。どちらも寒くて、山が見える。そして街の中を川が流れている。街がこじんまりとしているからアクセスがいいし、どちらも文化が成熟している」
文章を書くことを生業とする麻生さんにとって、宮沢賢治や石川啄木が育った街は「そこにいるだけで文章が書けるような錯覚に陥る街」と笑いますが、実際にホテルにこもってみると、本当に筆が進んだのだそう。麻生さんが選んだのは、街の中心にある「北ホテル」。昔から街にある、老舗ホテルです。
「1階には光原社の分店、北の光原社が入っていて、本屋のBOOKNERDまでは歩いて200メートルくらい。どこへ行くにも都合が良くて、不思議と原稿も書ける。また煮詰まったら行きたいと思っています」

一時期は盛岡に部屋を借りて、東京と東北を行き来する暮らしを思い描いたこともあったといいます。
「盛岡にいる間は二拠点生活をするイメージが湧くのに、帰ってくると東京での日々に忙殺されて忘れてしまう。結局その話はなにも進んではいないんです(笑)。だけど自然も豊かで、喫茶店も多く、個性的な書店もある。とても文化的な街だと思っています」
最近では、BOOKNERDに声をかけられてトークイベントにも登壇したそう。行くたびに、少しずつ好きな場所が増えていくのも同じ街に通う魅力です。
旅の目的は、その土地の食材売り場
旅に出ると、麻生さんが必ず足を向けるのが食品売り場です。道の駅、産直スーパー、デパ地下などなど。


「もちろん土地のおいしいお店にも行きたいけれど、いちばん気持ちが動くのは食材なんです。極端なことを言えば、おいしいレストランがない街はあっても、地の食材を売っていない街はあまりない。だからどこへ出かけても旅の目的は毎回達成できて、満足度も高いんです」
盛岡では、街なかの産直スーパーで野菜を眺め、新幹線の乗車前には駅ビルへ。そこにはホタテなど地元の魚をそろえる魚屋さんがあり、頼めば保冷バッグに氷を入れてくれる。昼に盛岡を出て、夜は東京の自宅で台所に立つ。

「旅先で食材を見て、買って帰って、それを日常の食卓に持ち込んでいく。そこまでで、旅のすべてだと思っているんです。帰ってきてからもしばらく、旅の余韻が食卓に残っている。それがないと、なんだか旅の満足感が減ってしまう気がします」
今回紹介してくれた3品も、まさにそうして台所に迎えられたものです。いちご煮と並んでいたのは、軽米町のそばを使った「やませそば」と、岩手で見つけたかつおだしのつゆ。つゆは、東京の紀伊國屋でも手に入るそう。
缶ひとつで、旅の味を炊き込む

この日麻生さんが作ってくれたのは、いちご煮の缶詰の炊き込みご飯。「いちご煮」はウニとアワビが入った三陸沿岸のお吸い物で、銀座にある岩手のアンテナショップでも手に入ります。
作り方は驚くほどシンプル。お米2合に、缶詰をひとつ。水は足さず、缶の汁だけで炊くのがポイントです。
あわせて用意してくれたのは、同じアンテナショップで見つけた油揚げとわらびのお味噌汁。旅先で出会ったもの、旅の記憶につながるもので組み立てた一汁一菜が、食卓に並びます。
ダウンは「冬でも重ね着嫌い」の味方
以前はあまりダウンを着ていなかったという麻生さん。養子に入った姉妹の介護をしていた間はなかなか旅に出られず、ひと段落してから、周りの友人たちに誘われて寒い土地へ出かける機会が増えたといいます。

私たちが目をとめたInstagramの1枚は、2023年の年末、ソウルを訪れたときのもの。大寒波によって「耳が凍える寒さだよ」とさんざん脅された末に、暖かさを求めて選んだ1枚でした。
「雪は降っていなかったけれど本当に寒くて。でも、このダウンのおかげですごく暖かく過ごせました。丈が少し長めなのも気に入っています」
次は、冬の盛岡へ
盛岡には、また訪れたいお店がいくつもあるそう。ひとつはホテルまで歩く途中に「この辺には絶対においしいそば屋がある」と勘を働かせて入った「蕎麦 金時」。地元の旬の食材を使ったそばがどれもおいしく、麻生さんは鴨のそばをオーダー。しかし、隣のテーブルに座った常連らしき若者たちが「ここはなめこおろしだよな!」と言いながら揃ってオーダーしていたのをみて、「次はそれにしようと思っています(笑)」と麻生さん。
もうひとつは、地元の人に教えてもらった「くふや」。川沿いにある、ご夫婦が営む和食屋さんです。骨董のお皿で一品一品が出てきて、デザートまで妥協がない。
「お昼はそんなに食べないのですが、『ご飯おかわりどう?』と聞かれて断れず、つい食べてしまいました。そういう空気がすごくよかったんです」
そんな麻生さんも、冬の盛岡にはあまり縁がないといいます。「友人の坂本美雨ちゃんのライブに同行したときに、コンビニで温かいペットボトルを買った記憶があるくらい」という程度で、まだゆっくり味わえていないそう。「鱈や白子、牡蠣南蛮そばもいいですね。でもそばはなめこおろしにしないとか…(笑)」。この冬は、ダウンを羽織って街を歩く旅になりそうです。
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