フランスのピレネーの麓、サン・セベの町で生まれた「PYRENEX」。そのはじまりは、命を余すことなく生かそうとする、暮らしの知恵から。そんな自然と街をあたたかくむすぶフランスの暮らしを覗こうと、トラベルカルチャー誌「TRANSIT」がPYRENEXと一緒に、フランスを巡った。
第三回は、パリにアトリエを構える陶芸家、ジュエリー作家のエディット・ベロー。創作の場であるパリと、家族と過ごすブルターニュを行き来して暮らす彼女のもとを訪ね、クリエイションの原点について訊いた。
二つの風景とともに暮らす。
ブルターニュ地方の北部に位置する、小さな港町パンポル。港にはヨットのマストが伸びやかに並び、潮風が路地へと流れ込む。古い石造りの家々が、この土地の歴史を静かに物語っているようだった。
町の中心地のほど近くに、陶芸家のエディット・ベローが夫のリュックと暮らす家がある。広い庭のある愛らしい家で、部屋にはリュックの祖父が描いたという小さな風景画が壁一面に飾られ、二人が世界各地を旅して集めた古道具やオブジェなど愛着の品々が置かれていた。そのどれもがずっと前からそこにあったかのように、この家に自然と馴染んでいる。光が差し込む大きな窓の先には、木々の緑が広がり、鳥の鳴き声が心地よく響いていた。



ノルマンディー地方の南部にある小さな村で育ったというエディット。家の周りには田畑や森が広がっており、自然が遊び場だった。幼い頃に親しく世話をしてくれた女性の家には大きな家庭菜園があり、そこで採れた野菜や果物をピクルスやジャムといった保存食にして冬に備えるなど、季節に添った暮らしをして、そこから質素な生活のなかにある喜びを教わった。自然を身近にして育った彼女だが、リュックとともにブルターニュの地で暮らすようになったのはなぜなのだろう。
「ブルターニュを選んだのは、私ではなくリュックの考えでした。でも、とても良い選択だったと思っています。パンポルでは自然のなかで過ごし、リュックと一緒にいる時間をただ楽しんでいます。そこには何の制約もなく、彼の生活のリズムに身を委ねています」
毎朝、近くの海で泳ぐという二人に連れられて、滞在中は幾度となく海へ行った。穏やかな遠浅の海辺を歩いていると、潮風が身体のなかの空気までもさらっていき、心も解き放たれていくようだった。
「自然は、私を本来の自分へ立ち返らせてくれます。自然から完全に切り離されてしまうと、物事の本質を見失ってしまうような気がするのです」
パンポルでは制作から少し距離を置き、自然とともに過ごす時間を大切にする。その一方で、パリは制作に向き合う場所だ。
「パリは私にインスピレーションを与えてくれる大好きな街です。毎日仕事をして、ひたすら制作と向き合っています。それぞれでしかできないことを、それぞれ存分に味わえる、今の暮らしを気に入っています」
自然のなかでは心を整えて感覚を開き、街では創作に没頭する。自然と都市、そのどちらかではなく二つの場所がともにある暮らしが、彼女の創作を静かに支えている。

自然の記憶をかたちに。
パリのアトリエは自宅と同じ敷地内にあり、中庭の奥で植物に囲まれて隠れ家のような趣だった。エディットは初期の作品から制作中のジュエリーまで、その一つひとつを手に取りながら丁寧に説明してくれた。
「私の最初のコレクションは、スペインの海辺で拾った小石や波に磨かれた曇りガラスに、色紙を組み合わせたものです。リュックの仕事の関係でパリからバルセロナ近郊に移り住んだ頃で、夜はジュエリーの学校に通っていました。まだ技術が十分ではなかったので、身の回りにあるものを使って小さな作品をつくっていました」

自然のなかで偶然出会ったものを、そのまま作品へと結びつけること。それが彼女のものづくりの始まりだった。その後、紙よりも永く残る素材を求めて出会ったのが磁器だった。バルセロナの後に暮らしたベルリンでは、陶芸文化が根づいていたことから近所に窯のある工房を見つけることも難しくなかったという。石膏型による「鋳込み(クーラージュ)」の技法を生かしながら、磁器を用いたジュエリー制作へと発展させていく。フランス帰国後にはブルターニュで家族とレストランを営み、デザートのための小さな器をつくり始めたことをきっかけに、色とりどりのやわらかな色彩の釉薬を用いた器のシリーズが生まれた。


素材に境界を設けないことも、彼女らしさのひとつだ。磁器、木、角、紙、ガラス、ブロンズ──、それぞれに適した技法を学びながら、新しい素材に挑みつづける。
「素材の間に優劣はありません。新しい素材を使うたびに、新しい技術を学ばなければなりません。常に学びつづけられること、それが私にとって一番おもしろく感じるところです」
アトリエで見せてもらった小枝のブローチは、葉が開く前のわずかな時期に採取した小さな芽の付いた枝を、ブロンズへ写し取った作品だ。木肌の細部までが忠実に表され、所々に重ねられた緑青色の釉薬が表情を与え、拾い上げたばかりの枝のような瑞々しさを感じさせる。また、桜や竹などの植物の葉を写した磁器の皿には、その一枚一枚に異なる風景が刻まれていた。自然が見せる一瞬の表情を留めたこれらの作品は、移ろいゆく時間や記憶までも綴じ込んだようだった。


ものに、時を重ねていく。
エディットの2つの家を訪れて印象的だったのは、パンポルの家もパリのアパートにも、彼女自身の作品が一つも置かれていないことだ。代わりに並んでいたのは、友人たちが手がけた作品や、長い時間をかけて蚤の市などで少しずつ集めてきた古いものたちだった。
「私は自分の作品よりも、大切な友人の作品や親しい人たちから贈られたものに囲まれて暮らすのが好きなのです。贈られたものにはそれを選んでくれた人との繋がりがあり、蚤の市で見つけたものには以前の持ち主の記憶が宿っています。そして私がそれを使いつづけることで、そのものにもう一度新しい命を与えているような気持ちになるのです」
ものはひとりの持ち主に使われて役目を終えるのではなく、人から人へと受け継がれながら、新しい時を重ねていくことのできるもの。だからこそ彼女は完璧なものではなく、“人の痕跡が残るもの”に強く惹かれると話す。
「職人から迎えたものには、その人の手の跡が残っています。ものはほとんど人のような存在です。そこには感情的な結びつきがあり、私が惹かれるのは見た目の美しさよりも、そのものが内側にもっている本質的な美しさです。だから私も作品一つひとつに自分自身の一部を吹き込みたいと思っています」
その思いは、彼女の作品にたしかに息づいている。自然の一片は、彼女の手を通して器やジュエリーとなり、そこには自然の記憶だけでなく彼女自身が見つめ、触れ、積み重ねてきた時間までもが静かに刻まれる。こうして生まれた作品は、誰かの暮らしのなかでまた新しい時を紡いでいくのだ。

自然から受け取り、手から手へ。
エディットが惹かれるのは、自分の作品にしても、誰かが生み出したものでも、人の手を介し、時間や記憶を受け継いでいくもの。その感覚は、自然の恵みを余すことなく生かし、かたちを変えて人間の暮らしに届けてきたPYRENEXのものづくりともどこか響き合う。
「軽くて、とてもやわらかい。着ていることを忘れてしまうくらい、心地よいです」
ダウンを羽織った彼女は、そう言って穏やかに微笑んだ。毎日手に取る器や道具を慈しむのと同じで、衣服もまた暮らしに寄り添い、時をともに重ねていく存在である。
自然の記憶も、人の手仕事も、それを受け継ぎ次の誰かへと手渡していくこと──。その循環のなかにこそ、エディットが見つめつづける美しさがあるのだろう。
Instagram @edithbellod
PYRENEX Pick up Item
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