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スタイリスト金子夏子さん連載企画 Vol.4

旅のリワードはストイックさの先にある自分への喜びと楽しみ

公私ともに旅をするスタイリスト金子夏子さんがナビゲートするインタビューシリーズ第四回は、写真家の黄瀬麻以さん。仕事ではもちろん、長い休みを取ってまで黄瀬さんを国内外への旅に誘うものとは ── 。それは、クリエイティビティの源泉を枯渇させないための、自らを知る術でした。

気がつくといつも旅先にいる

金子夏子(以下、NK)_ 気がつくといつもSNSに旅の風景が投稿されているような気がします。黄瀬さんの旅のスタイルを見ていると、自分と重なるところがあるんですよね。旅の行く場所、昔行っていた場所、山に行ったり、自然を見たりとか。
黄瀬麻以(以下、MK)_ 学生のときからお金が貯まったら、どこに行こうかな?ってことばかり考えていました。
NK_ それは海外?
MK_ 海外です。単純に海外に興味がありました。見たことないところ、知らないところに行ってみたいというのが始まりです。あと、旅に行くというよりは写真を撮りに行くという意識のほうが強くて、「これは遊びではなくて、勉強のため、経験のため」とか自分に言い訳がつけやすくて加速していって、いまに至る感じですね。
NK_ 知らないところというのは、街も自然も?
MK_ 最初は街(都市)でしたけど、人との出会いで行き先が変わっていきました。街にはなんでもあるから、ちょっとだけ冒険したいなと思って変わっていった感じですね。例えば、ニューヨークに行ったら、アップステート・ニューヨーク(ニューヨーク州北部)に行ってみようかな、みたいに。

黄瀬麻以|Mai Kise
写真家。1984年京都府生まれ。2014年から約2年間をサンフランシスコとオレゴン州ポートランドで過ごす。帰国後は、雑誌や広告を中心に、フリーのフォトグラファーとして東京を拠点に活動。仕事の合間を見て、国内外を旅している。 Instagram: @kisema1

旅とは冒険、あるいは……

NK_ なるほどね。旅はのんびりというよりは、知らない世界で冒険することとして捉えている?
MK_ んー、いま聞かれて思い返してみると、旅は修行です(笑)。
NK_ 修行? 冒険ではなく? 確かに、旅の必需品を見ると、そういう感じなのかなと思ったけど(笑)。旅に行くことによって、自分を見つめ直したりとかリセットしたりとか吸収したりするの?
MK_ 自分を見つめ直すことはどこにいてもできるから、できないことややったことがないことをひとつできるようにしたい、ということにそれぞれの旅先でチャレンジする感じです。
NK_ 旅は修行ですっていう人は、なかなかいないと思う。すごい新鮮。でも、それが気持ちいいんだよね?
MK_ できることがひとつ増えると人生が豊かになると思うんですよね。あと、わたしは気が多いんですよ(笑)。誰かが山に登っていると山に行きたい、誰かが海に行っていたら海に行きたいと思ってしまうんです。
NK_ わかる!
MK_ だから、「いいよ」って言われたら自分の眼で確かめたくなる。なので、旅の行き先を決めるのは誰かからの情報です。でも、そこに行ってやることは自分オリジナル。アイスランドに行ったときも、きっかけは友人の「 アイスランドってすごくおもしろいよ」って言葉で、だったら2週間ひとりでキャンプしてみようと、自分オリジナルのプランを立てました。

黄瀬麻以さんの必需品
「フィルムカメラは必ず1台は持っていきます。ただ、フィルムの値段が上がっていて、1枚撮影するごとに現像まで含めると約400〜500円のコストがかかるんですよね。これもある種の修行と化しています。ほかには、梅干しとサマハン、(お湯に溶かして飲む)マヌカハニー。CBDバームなどのクリーム系は香りがよければ現地でも調達します。本(2冊くらい)を持って行きます。あとは、オーガニックコットンのアイマスク。ジェットラグ対策には欠かせません。国立公園のハンカチも旅の思い出がてらに買うようにしています」

習慣であるランニングは、旅先でもルーティンになっている。

NK_ 初めは(スタイルが)近いのかなって思ったんだけど、ちょっと違うかも(笑)。体育系だよね。フットワークの軽さは一緒だけど。
MK_ (笑)。
NK_ わたしも興味があることは絶対に試したくなってしまうから、「ここがいいよ」って言われたら「行きたい!」と思うんだけど、ちょっとビビりが入って、ひとりでは行動できない(笑)。
MK_ わたしは旅先でひたすらひとりでごはんを食べてるんですよ。自分でも謎なんですけど。歳を重ねていくと、いろいろなつながりができて、行き先で友だちができたり、誰かに紹介されてごはんを一緒に食べるのもすごい楽しいのですが、どうも孤高になりたいんですかね?(苦笑)
NK_ 旅ゆえにひとりの時間ができるってこと?
MK_ ん…… 「おいしいね」っていうところが目的じゃないみたいで……。自分はどこまで行けるのか、行ってみたら
どういう思考(境地)になるのかを知りたいんです。

質実剛健は旅の必需品の中でもひときわ目を引く梅干し。ストイックな旅には欠かせないお守り。

NK_ やっぱり修行なんだね。客観的に見るのかな自分のことを?
MK_ 日本に帰ってくると、なにも客観的に見られないですけどね。
NK_ でも、旅の中で自分がなにも考えなくてもそういうモードになっているのかもね。
MK_ 最近、顕著にそうかもしれないです。
NK_ すごくストイックに自分のことを見るんだなぁって思った。
MK_ 見えてないんですけどね。でもそうしたいんだとは思うんです。
NK_ 行ったことがないところに行って、自分の身を置いて冒険してみたり、考えたり、本を読んだりして、「いまの自分って?」って見ているのかもね。それを聞くと、“修行”というのは納得がいく。

ファインダーの向こうになにかがあるはず

MK_ 歳とともに旅の仕方が変わってくるし、生きているといろんな知識を蓄えて、お金の使い方も変わってきますよね。ここ最近の旅は、自己観察にフォーカスしている感じです。東京で暮らしていると、すごく恵まれていて、こんなに幸せでのぼせてしまわないだろうかと思うんです。
NK_ だから、いまの自分を一歩下がって見ているような気がする。東京にいて仕事もやって、ある程度自分の好きなことをやる余裕もあるけど、これで良いのだろうか、この先自分はどうしていくんだろうかという思いにはかられるよね。
MK_ そうですね。悩みから出る観察というよりも、仕事でいえばみなさんでアイデアをつくることをしていると、ずっとここにいると、だんだん自分が枯渇してくる感じがします。じゃぁ、自分が返せるものってなんだろうと考えたら、いろいろな経験をしてきてそれを投じることしかないなって思って。それもあって仕事に役立てられたらいいなっていうのもひとつだし……。
NK_ 真面目!(笑)。わたしも、よく真面目って言われるから、すごく重なるところと、ちょっと離れているところがおもしろいなって思う。その真面目さがゆえに振り返るんだよね。「いいんだろうか、これで」みたいに。枯渇してくるというか、豊かさがまったくなくなるというか。
MK_ 性格もギスギスしてきますよね。
NK_ そうするとやっぱりインプットしたいっていう気持ちにはなる。どんな状況でも普段と違うところに身を置くと、吸収するものが出てくるから、行ってよかったなと思う。そこはすごく近い。

ただ、わたしはどちらかというと自分に甘いから、楽しみたいという気持ちが勝ってしまう(笑)。でも、修行=楽しんでいないというわけではなくて、それぞれの楽しみ方のベクトルの違いなのかなと思う。

MK_ 帰ってくると、その修行が必ず自分の喜びと楽しみになっています。ありがたいことに、自分は写真をやっているから、それを物質的に撮って帰ってこられることがすごく楽しいです。自分の記憶だと忘れてしまうけど、視覚的にきちんと自分の思い出を残せて、それを誰かに共有できるというのが大きいかもしれません。それぐらいのものを見せたいというか、見てもらいたいからチャレンジしたいっていうのもあります。
NK_ 真面目。でも、それが黄瀬さんのいいところだと思う。写真を撮れるのはうらやましい。わたしはいくらがんばって撮ってもそのよさは絶対出せない。見たものを自分で撮って、そこに共感してもらえる仕事だからね。

アイスランドとルワンダを旅した記録(撮影:黄瀬麻以さん)

MK_ 写真を撮っていて、よかったなと思います。いま思いましたけど、楽しいと撮らなくなるんです。
NK_ 同じことを、誰かも言ってたんだよなぁ。
MK_ 例えばみんなでごはんを食べているときにカメラを持っていると、全然食べられなくなるから1mmも撮りたいとは思わないんですよ。楽しいのベクトルが大きくなってしまって。ひとりでずーっと「ここになにかあるはず」ってやっていると後々返ってくるんですよ。
NK_ 修行っていう言葉がピッタリだね。ひとりで修行モードのほうが写真も撮るし、向き合えるんだろうね。
MK_ 正直、なんでこんなに重いカメラを持って旅に行くんだろうって思います。スマホだけ持って身軽に出かけたいです。でも「経験を積んでこいよ」って、自分で自分に課しているんだと思います。
NK_ 今回、旅に着ていきたいダウンを選んでもらいましたが、旅にダウンは持っていく?
MK_ ダウンは、行き先が冬であればどこへでも着ていきます。
NK_ この先ダウンを着て出かけたいところはある?
MK_ 前のインタビューで夏子さんも言ってましたけど、パタゴニアに行ってみたい。
NK_ 南米って未開の地なんですよ。パタゴニアに行きましょう!
MK_ パタゴニアに行きたいです! 誰か誘ってください!
NK_ ちなみに今回〈HARMONIE〉を選んだポイントは?
MK_ ひとつは、サイズ感がすごく自分にぴったりだったこと。もうひとつは、ロング丈のタイプは暖かくて好きなんですけど、撮影のときに動きにくくなってしまうのでいつもショート丈を選んでしまうんですが、それだと腰が寒い。でも、これは後ろの裾だけが少し長くなっているんですよ。とても暖かく機能的で、わたしの頭の中のダウン感がかたちになっていました(笑)。あと、裾にドローコードも付いているから、アウトドア的なシーンでも活躍しそうだし、完璧だなと思いました。

Interviewer Natsuko Kaneko
Interviewee Mai Kise
Photography Taro Hirano
Edit&Text Takafumi Yano

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