SPECIAL

スタイリスト金子夏子さん連載企画 Vol.2

自分の地図を描くために、わたしは歩き続ける

公私ともに旅をするスタイリスト金子夏子さんがナビゲートするインタビューシリーズ第二回は、俳優の川崎ゆり子さん。旅をしながら演じることを続けてきた川崎さんに、メルボルンへの移住や独特な旅のスタイルについて、お話をうかがいました。俳優・川崎ゆり子さんが、旅に出る理由とは ── 。

川崎ゆり子|Yuriko Kawasaki
俳優。東京生まれ、福島の山奥育ち。初舞台は4歳。大学在学中の2011年より舞台俳優としての活動を開始。22年にメルボルンへ移住、24年帰国。映画や舞台のほか、モデルとしても活動する。出演作に映画『PERFECT DAYS』(2023年)、舞台『ΛΛΛ かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと―』(2014年初演)がある。

旅とは演劇をすることだった

金子夏子(以下、NK)_ 以前、お会いしたときにうかがったと思いましたが、オーストラリアに長く留学されていたんでしたっけ?
川崎ゆり子(以下、YK)_ ワーキングホリデーで行っていました。
NK_ そうだ! そうでしたね。そういう長期で旅に出ることは多いんですか?
YK_ 実は、個人的な旅に出ることはあまりなくて……。演劇のカンパニーと10年以上仕事をしていて、そのカンパニーが旅公演に重点を置いていることもあって頻繁にツアーに行くので、それでいろいろな場所を訪れています。
NK_ それは国内ばかり?
YK_ 国内も海外もです。公演のためだけに行く場合だと一つの場所に1週間くらい、とか。
NK_ 現地で何かをつくり上げていくこともあるんですか?
YK_ つくります。例えば、イタリアに行って現地の俳優たちと一緒にという感じで。滞在制作になると1カ月ぐらいいることもあります。しかも、現地に入って台本をつくり始めたり(笑)。
NK_ そこから?
YK_ そうなんです(笑)。キャスティングから始めることもあります。フィールドワークのように、その街を歩き回ってストーリーを組み上げることもよくやっていました。
NK_ 旅と演劇とがセットになっている感じですね。
YK_ そうでした。だからプライベートよりも仕事での旅のほうが多いかもしれないです。余力があれば、公演の後に自分で数日延泊して回ったりはします。

川﨑ゆり子さんの旅の必需品
「大きいスカーフは重宝しています。風呂敷サイズくらいのすごく大きなスカーフなので、パッキングをするときに服をひとつにまとめたり、頭にかぶってフードにしたり。あとは、いわゆる風呂敷包みにしてエコバッグ的に使ったり、枕カバーにしたり、ベンチに敷いたりして使うこともあります。長い旅になると、あれもこれもと持っていくと荷物がどんどん増えてしまいますから、一つで何役にもなるものが好きですね。とにかくものを減らしたいタイプです。旅はちょっと勉強したいみたいな気持ちがあるので、本も必ず持っていきます。選ぶ基準は、行く場所と本の内容と自分のいまの状況を意識しながら、自分の考えを進めてくれそうとか、その景色の中でそれを読むと何かあるんじゃないかという予感のする作品を選んでいます」

ここではないどこかへ行くために

NK_ 演劇を通しての旅をしてきたなかで、ワーキングホリデーに行こうと思ったきっかけはなんだったんですか?
YK_ 実は、大学生のときに留学準備をしたことがあったんです。でも、ちょうど劇団の活動が活発になってきたタイミングと重なって諦めました。劇場の関係で来年、再来年の予定が決まってしまうので、なかなか長期で海外に行くのは難しいんです。いつか海外で生活したいなと思いながら、何年も経ってしまって……。だけどコロナ禍で公演がストップして「来年の予定はないよ」って言われて、「あ! いましかない!」と飛び出した感じです。
NK_ そうだったんだ。プライベートでは、どんなときに旅に行きたくなりますか?
YK_ 近くにいる人とか作品にすごく引っ張られるので、そこから“自分”に戻りたいときです。いまいる場所を離れるために旅に行きたい。だから、どこどこに行きたいというよりは、「ここではないどこか」に行きたいというときですね。もちろん、いつか機会があったら行ってみたいところはいろいろありますが。
NK_ 俳優の方は役に入るとそこから抜けるのが大変だと聞きます。とくに演劇は期間が長いですよね。公演があって、稽古もあるし。
YK_ わたしはあまり役を引きずるタイプではないんですが、作家というか作品の価値観が自分の中にすごく入ってくるんです。公演が終わると、そこから外れたくなるんです。作品から離れたときに、自分はどう思うのか。何かを見たときに、自分はこれをかっこいいと思うのか、おかしいと思うのか。作品から離れたところで自分の価値観を確かめて、“自分”を取り戻す感じですね。
NK_ そういうときは、どんなことをするのですか?
YK_ 街を歩き回ります。観光地でこれを見るとかはなく、くまなく歩いて街の地図を自分の脳内に書き起こすイメージです。
NK_ 旅に出るとなったら、やっぱり長い期間で?
YK_ そのほうがやっぱり楽しいですよね。
NK_ 確かに、次の仕事を考えると、そんなに頻繁に旅ができないですもんね。

撮影協力Backpack Books(https://backpackbooks.stores.jp)

YK_ でも、長くない旅も好きですよ。都内のあまり行ったことがないエリアを半日くらいグルグル歩いたりもします。一人で行くときは、お昼過ぎから日が暮れるまで一回も座らずに歩きます。長い旅のときと同じ感覚なんだと思います。
NK_ 公演が終わったら旅に出て、街に行って、くまなく歩く。歩くのはやっぱり街なんですね。
YK_ 人の暮らしを見ることが、わたしが旅に行く理由なのかもしれないです。
NK_ 演劇ともどこかでつながっているんですかね。
YK_ そうかもしれないです。実は休みの日に出かけるにしても、無目的で出かけるのが苦手なんです。何かを得ようとしてしまうんですよね。具体的にあれのためにとかは思っていないのですが、ただブラブラするとかは結局できなくて。

人と人とが隣り合う

NK_ 長い旅でもショートトリップ的なのでもいいのですが、これまでですごく思い出深かった旅先ってあります?
YK_ 旅ではないですが、2年くらい住んでいたメルボルンですね。最初の1年は、まだ旅って感じだったんですけど、残りの1年は生活のサイクルができ始めた感じでした。

メルボルンを歩いて感じたのは、街の住み分けがされていることでした。このエリアはこの国の人たちのお店が多いとか、ここはインド系の人がたくさん住んでいるとか、ここはお城みたいな大きな家がいっぱいあるとか、ファンシーなレストランがたくさんあるとか、ここはヒッピーのエリアだとか。そういう雰囲気の変化を歩きながら感じるのが好きでした。

オーストラリアは人種の坩堝と言われていますが、メルボルンで暮らすまでは、みんなが混ざり合って暮らしているんだと思っていたんです。だけど実際は、“隣り合う”という感じでした。自分の慣れ親しんだ価値観に近い人とか、自分がいちばん喋りやすい言葉で喋る人といるのが居心地がいいんだと思います。それは悪いことではなくて、ただ隣り合って暮らしていることに気づけたのが印象的でした。

NK_ 川崎さんにとっての旅も、人と人が隣り合ってる感じなのかな。旅で人を見ることが旅の一つの目的というか、必然になっているというか。
YK_ 確かに、バスに乗ったら、あの席の人がどういう服を着ているのか、何を持っているのか、何を読んでいるのかとか。子どもたちがたくさん乗ってくるってことは、学校が近くにあるのかなとか。街を読み解くような感覚で見ているところがあります。
NK_ そう思うとやっぱり長く行きたくなりますね。一瞬行っただけでは、街の状況はわからないから。同じ場所に滞在して、同じ道を歩く。同じカフェに行ったら、今日もあの人来てるなとか。バスに乗ったら、今日もあの人乗っているかな、とか。
YK_ それが旅のおもしろさかもしれないですね。

内省するための旅

NK_ 今回、旅に着ていきたいダウンを選んでもらいましたが、そのモデルを選んだ理由って何ですか?
YK_ 首まわりが高くてがっちりしているところですかね。仕事柄、声を守らないといけないので、防寒具は基本的に喉をカバーするものを選ぶようにしています。〈HARMONIE〉は、フードとセットになっているのが心強い。普段あんまりフードのついたものを持ってないんですけど、海外に行くと傘をささない人が結構いますよね。フードをかぶって。そういうのを見ていたら、よっぽど大雨じゃなければこれがいいかもって。
NK_ あまり気にしていないですよね。濡れたら濡れたで、「しょうがないよね?」という感じで、あまりいろいろなものを持ってないイメージがあります。バッグすら持っていなくて、何でもポケットに入れるみたいなね(笑)。
YK_ そう! それこそ、冬のわたしの持ち物は、お財布、スマートフォン、リップだから、コートのポケットに全部入りきる。文庫本だったらコートのポケットに入るし、ちょっとくらい膨れても冬だから気にしない(笑)。でも、傘だけはどうにもならないので、それでこのフードがあったらいいんじゃないかなとなりました。
NK_ そのダウンを着て行きたい旅先ってどこですか?
YK_ 冬のメルボルンとか、実家のある福島とか。あと、いまはヨーロッパに行きたい気分です。どこっていうのはないんですが、ざっくりとヨーロッパ。次の旅には着ていきたい。
NK_ ヨーロッパが気になるんですね。メルボルンには、また長く行ってみたい?
YK_ そうですね。友だちもいるし、絶対に戻るとは思います。以前に比べて英語が喋れるようになったから、ヨーロッパ、あるいは英語が通じるエリアに行けば、もうちょっと誰かと旅先で話すことができるんじゃないかという期待があります。
NK_ お話を聞いていると、川崎さんの旅って、いろいろなところに行って楽しむっていうよりは、そこで生活をして、何かしらを得るっていう感じなのかな? 勉強しているつもりはないのかもしれないけど、旅と学びが一緒になっている気がします。
YK_ すごく内省する時間なんです、旅って。ひとつは、“ひとりの時間”があって、あと自分の脳内を歩いているというのもあります。わたしのことを誰も知らない街にいくと、自分のことを認識してるのが自分だけみたいな感じが出てくる。それがちょっとマインドフルネスっぽいのかな。
NK_ そんな感じがしました。必然的にそういうふうに動くんだろうなと。
YK_ そう。しちゃうんですよね(笑)。わたし、旅にポール・オースターの本を持っていく確率が高くて、彼の作品にはちょっと実存主義っぽいというか、実際に外にあるものがイコールになっていくような感じがあって、多分旅のときに無意識にそういう時間を求めているのかもしれないです。

Interviewer Natsuko Kaneko
Interviewee Yuriko Kawasaki
Photography Mai Kise
Edit&Text Takafumi Yano

OTHER CONTENTS

SHOW ALL